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父の思い出の写真

           父 img269

先日、群馬に帰った折に父から預かってきた写真です。
戦争に行って少年飛行兵として飛行訓練を受けていた頃の思い出の写真、小さな写真を大きく引き伸ばしが出来るか、ということで、私がスキャナーでパソコンに取り込んで、A4サイズにプリントしてあげました。
元が白黒の小さな写真なので、画質は荒れますがとても大きくなったので見やすくなったと思います。
大きくしてみたら、あまりにも弟にそっくりなので思わず笑ってしまいましたが・・・・(^▽^笑)

   少年飛行兵 同期の桜  img270

17歳で志願兵として参戦して、お国の為に散りゆく覚悟の特攻隊、少年飛行兵としての訓練を受けていた父。
特攻隊としての出撃命令が出て、故郷の空まで内緒でお別れ飛行に来て、家の頭上を旋回したという華々しい話も良く聞きましたが、運良く出撃の前日に終戦となり一命を取り留めた父でした。
今82歳、同期の戦友たちは一人二人とあちらの世界に旅立っていっているようです。
この集合写真のお仲間の何人の方が元気でらっしゃるのか・・・・・

先日の土曜日に放映された、土曜プレミアム「千の風になって」ドラマスペシャル、「なでしこ隊~秘密基地・知覧 少女だけが見た“特攻”…」、とても複雑な思いで見ました。
来月には靖国神社にお参りに行ってくるということですが、足取りも不安になってきた父の旅行を案じています。

終戦の日があと一日ずれていたら、今の私はここに居なかったのかと思うと、とても不思議な気分になります。

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今晩は~

お国のために尽くされた青春でしたね・・・
終戦時は小1でした。学校が消えて北朝鮮の端から収容所、歩いて忍んで38度線越え、その時父が案内人でした。
小学校?国民学校1年生はダブりましたが、父親とは偉大ですね。お父様の今後のご健勝をお祈りします。

戦争を体験された方の話を聞くと 涙が出てきて止まらなくなります。
あんな惨い時代に生まれなくて良かったと思うと共に その時代を生きてこられて方達のお陰で 今の日本があるのだと、それはとっても凄いことなんだと実感させられます。

でも 今の世の中を
戦場で亡くなられた方達が見られたら どう思われるか・・・・
早く平和な日本に返ってほしいものです。

オジィさんへ

v-22こんばんわ

終戦以前に生まれた方は、私たちが想像も出来ないご苦労があったのですね。何も無い貧しい時代から、コツコツと築き上げてきた平和な日本が、いつしか忘れられて戦争を知らない世代に変わりつつあります。
戦争の無い、平和のありがたさをもっと自覚しなくてはなりませんね。
我が父へのご配慮、ありがとうございます。

ヴェルママさんへ

v-22こんばんわ

話題が何だか重くなってしまいましたね、でも、先日映画で見た特攻隊として死んでいった若い命、何とも解せない思いと、悲しみが伝わって来ました。
私たちは忘れてはいけない事なんですよね、そのような悲しい事実を。
一日でも長く平穏な世の中が続く事を祈らずにはいられませんね。

これはまた貴重なお写真が残っていましたね。

お父様を含む同期の方々の後ろに写っている飛行機はエンジンナセルと四枚翅、尾翼形状から陸軍四式戦闘機疾風であるところをみると、お父様は陸軍航空隊に所属されていたのですね。
疾風は先の大戦中、陸軍の傑作戦闘機との誉れ高い飛行機で、終戦間際に稼働する機体はほんとに少なかったはずです。そんな陸軍虎の子の戦闘機に搭乗するお父様は格別優秀なパイロットだったのだと拝察いたしております。

航空ショーの好きなままミーさんは、お父様の血を引き継いでいらっしゃるからだとやっと理解しました。私も飛行機が身近にある環境にいますので、良い写真が撮れましたらお送りしますので、機会がありましたらお父様にも見せてあげて下さいね。

fibyさんへ

v-233こんばんわ~♪

(O.O;)びっくりー!!この写真一枚でそのように色々なことが分かるなんて・・・・・
格別優秀なパイロットだったかどうかは分かりませんが、昔そのような自慢話を何度か聞いたことを思い出していました。
確かにfibyさんのおっしゃるとおり、優秀な機体だったと言っていました。父はその愛機の機体に隼の絵を描いたとも言っていました。
高齢になった今では当時の事がとても懐かしいようです。
飛行機のお写真、楽しみにしています・・・v-212
ありがとうございます。

古い記事へのコメントで

申し訳ないです。
先日、丹沢で沢登りをして先の大戦中に墜落した飛行機のエンジン探しをしてきました。そのエンジンというのが海軍型の「誉」(陸軍型はハ-45)というエンジンでして、お父様と戦友が写っている写真の後に写っている四式戦闘機「疾風」が搭載しているエンジンと同型なんです。

以前にミーさんブログで見たなぁと思い出して過去ログを拝見してしまいました。
戦後67年を経てまだ戦後は続いているのだなと実感しました。

fibyさんへ

v-22コンバンワ~

fibyさんの丹沢でのエンジン探しの記事は興味深く拝読させていただきました。
中島飛行機とか疾風とか、聞き覚えのある単語が出てきていたので、もしかしたら・・と思いましたが、やはりそうでしたか。
こんなお話、うちの父が聞いたらどれほど喜ぶことでしょう。残念ながら今は老人施設に入っているので電話もできませんが、今度面会に行った時の会話のネタが一つできました。(^▽^)
それにしても、過去の戦争の遺物がまだそのような形で残っているんですねぇ・・・
Fibyさんの戦闘機などにとてもお詳しいのもビックリです。
懐かしい話題をありがとうございました。
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