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別れの時

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「今、何処まで来たの?」という妹からの電話を車中で何度も何度も受けながら、十五時二十分、病院の玄関から猛ダッシュで父の待つ病室に。

親族に囲まれる中で、もう動かない父。ただ心電計のかすかな波形の山だけが、まだ逝っていないことを証明している病室の一角。

父はずっと私の帰りを待っていたくれました。

小さくなった父の耳元での呼びかけと、しっかり握った手から・・・私の心は届きました。

なんと奇跡的にも胸の鼓動が徐々に上がって波形が大きく波打ってきて周囲からも驚きの声が・・・

その一瞬に最後の力を振り絞って答えてくれたのでした。

・・・そして間もなく波形はただの一直線になって・・・十五時二十八分、微かな手のぬくもりを残して父は87年の生涯を終えて旅立ってゆきました。

2013年のお正月は迎えられないと思っていたのに、それから何度も何度も危ない山谷を繰り返しながらも乗り越えてよく頑張りました。

老衰。天寿を全うしてようやく楽になったのです。

少年飛行兵として特攻隊の出撃命令が出ていたのもかかわらず、寸前で終戦という幸運の人生。

今度こそ「キの八四戦闘機疾風」に乗って戦友たちに会いに行ったのかもしれません。

葬儀までは雲一つない晴天の毎日。まるで父の力であるかのように錯覚する温かくて良いお天気。温厚で優しい父を送る式典は、久しぶりに顔を合わせた親族の交流の場と化して和やかで楽しい時間でもありました。

まだ実感が湧かないせいか、安堵の思いのほうが強いようにも感じつつ、今はただ感謝の思いと安らかな眠りを祈る日々です。





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お悔やみ申し上げます

心中お察しいたします。でもご親族に見守られながら大往生することができたお父様はお幸せであったのかもしれません。
今頃は天国で戦友の方々と懇談しているのかもしれませんね。
昨年神奈川県の深い山中で、お父様の乗機疾風に搭載していたものと同型の誉エンジンを見つけ、戦後70年近く経ってもなお存在する先の大戦の事実を深く実感いたしました。

お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

安らかにお眠りください

ついにお別れの時が来てしまったのですね。

間に合って本当に良かった!ままミーの手のぬくもりを感じながら、きっとお父様は安心して旅立たれたのではないでしょうか。

あちらで、お母様と積もる話をされていることでしょう。

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

fibyさん 、 まゆぽさんへ

v-22ありがとうございます。

たぶん父の臨終には間に合わないだろうと半分あきらめていたのですが、数分でも最後に父に会うことができたことは、本当に嬉しかったです。
枯れるようにという言葉がぴったりの終わりかたでした。
淋しさはこれからジワジワと襲ってくるのでしょうね。
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